この記事はテストステ論の人気シリーズ「頭のおかしいやつの思考法」の一部である。
今回は、さゆふらっとまうんどこと平塚正幸氏に粘着する 頭のおかしい人間を題材にして気づいた共通点についてケーススタディをしよう。
本日の題材
平塚正幸氏の公開討論回に、ある頭のおかしい男が電話をしてきた。 どう考えてもアル中か最悪ヤク中としか思えない支離滅裂なようすであり、 「お前が何をしたいのかおれにはわからない」 「いやそれは単にあなたが頭悪すぎて理解出来ないだけでしょ」 以上の情報量のない押し問答を二人の間で20分も続けたあと、
なぜか、
- 平塚氏は多くの人に嫌われている
- 従って、平塚氏は自分のやっていることを見直すべきだ
という強迫的な論理を発動し、挙げ句、 平塚氏は嫌われているという根拠を得るために、 「お前彼女いるの?」 とセクハラをはじめると、
「お前とは議論出来ない」と 平塚氏に電話を切られたのであった。 しかしこの時も、 「はい出ました伝家の宝刀」 と、議論を打ち切ることがあたかも平塚氏の逃げであるような 物言いを続けたのであった。
嫌われることには理由があると思っている
私は、しばらく、 なぜ動画に対して反射的に低評価を押す人がいるのだろうかと考えていたのだが、 一つの解にたどり着いたようだ。
彼らは、
- 第一に、嫌われることが悪いことだと思っているのだ。
- 第二に、嫌われるには何かしらの理由があると思っているのだ。
しかし、実際には、嫌われることは、論理的には、悪いことではない。 嫌われているというのは、ただ嫌われているだけである。 それが正しいとか間違ってるとかいう話にはならない。
同様に、嫌われているから、何かしらの理由があるというわけではない。
逆はあるかも知れない。例えば、身体中にうんこを塗りたくって学校に行けば、きっと嫌われるだろう。 しかし、嫌われているかといって、何かしらの理由があるという保証はどこにもない。
この差がわからない人は、危険すぎる。
平塚氏がN国の人間に嫌われていることは事実である。しかしそれは 平塚氏が何か間違ってたり、平塚氏に落ち度があることを何も意味しない。 しかし、頭のおかしい人間は、大抵の場合頭の悪い人間であるから、 文字通り論理が破綻してるので、この逆を容易に導いてしまうのだ。
私はこれを「池沼文系論理」と呼んでいる。
この論理は危険なのだ。例えば、容易にヘイトスピーチを導く。 例えば、犯罪を犯した人間の中にX国の人がいたとする。 ここで、池沼文系論理によると、X国の人ならば犯罪者であるということになってしまう。 (「過度の一般化」というのも同じ原理である) もちろんこれは極端な例だから、常識の範囲で誤りに気づけることもあるが、 実際には、同じような論理導出をしていることが、特に文系の人間にはよくみられる。 だから私は、軽蔑を意をこめて、池沼文系論理と呼んでいるのだ。
ここで、なぜ動画に対して反射的に低評価を押す人がいるかという問いに戻ると、 彼らの脳内では、低評価をつけられるということが、 何かしらの問題があるという事実に直結しているから、低評価をつけるという新しい理由を発見することが出来る。
動画が楽しかったかどうかということとは無関係に、 お前は間違ってるとかいう意思表示のために、 低評価をつけてしまうのである。
ではなぜそう考えてしまうのかだが、 これは、単に知能が低すぎて論理的に破綻してることに気づかないというのもあるが、 弱者というのは嫌われることに対して敏感にならなければ生きていけないからだ。 だから、彼らの中で、嫌われることに対して恐怖が募り、 結果として、嫌われることは悪いことだという強迫観念に繋がる。 しかし、何度も繰り返すが、嫌われることと悪いことは無関係である。
幼少期に親に怒られてばかりいた人間が抑圧され、 挑戦出来なくなってしまうのと似ている。 その結果彼らは、自由に生き、挑戦し続ける人間に対して嫉妬し、 攻撃してしまうのだ。それが、アンチの正体である。
なぜ彼女の存在を聞いたのか
平塚氏がN国に嫌われていることは事実として、 その論拠を強めるために、彼女の存在を問うたのはなぜだろうか。
彼の頭の中に構築された論理はこうである
彼女がいない => 嫌われている
これも同様にさきほど同様に「池沼文系論理」であることは明らかだが、 もう1つのポイントは、彼女がいないという多くの人に当てはまるような性質を 問うている点である。
これは占い師も使う手口である。 あなたは今日、朝ごはんを食べましたね。あなたは、今朝、電車に乗りましたね。 といった、ほとんどの人に当てはまることを当てることによって、 さも占いが成功しているかのように見せる手口である。
まず彼は、平塚氏が嫌われている場合、どういう性質があるかを考えた。 そして、多くの人に当てはまりそうな彼女がいないという性質に目をつけた。 もちろん平塚氏は、この問いに答えることはない。 プライベートについて話す必要がないからである。 しかしこうなることも、彼にとっては折込済であり、 「言わないなら、認めてることになる」 というこれまた謎論理により、 めでたく全世界の中で唯一 彼の脳内の中で平塚氏は彼女がいなくて、嫌われていることになってしまった。
ここでなぜ、言わないなら認めてることになるかというと、 これは彼の常識の中では、彼女がいるいないを公開することが 重要なことだと考えられないからである。 ( 人は自分のものさしでしか物事を評価出来ない )
万が一、平塚氏が「彼女はいる」と言った場合でも、 「彼女がいるからといって万人から好かれているわけではないですよね」 など、謎論理を持ち出して煙に巻くつもりだったのだろうと容易に想像出来る。
話にならない人間と議論を打ち切ると逃げになるらしい
こういう状況で、チャット欄も「不愉快だから早く電話を切って」 という意見が多くなってきたのもあり、平塚氏は電話を切ることにした。 この時も、彼は、「彼女がいるかどうか教えてくれたらそこから建設的に 話をすることが出来るから、教えてよ」と執拗にセクハラを続けたのであるが、 平塚氏は「今まで20分も話して何一つ話が出来ない人間と建設的な議論が出来る とは思えないから切りますね」と言うと、 「はい出ました伝家の宝刀!逃げるのか?」が始まった。
これは底辺の人間に多く見られる物言いであるから、覚えておきたい。
私にも経験がある。
以前に、Kenkiというプロゲーマーが信者ファンネルを使い、 ある人間をチーターに仕立てようとしていたところに それは危険な行為であるからやめなさいと忠告をしたところ 結局、何の議論も出来ず、話し合いにならないと思った私が 議論をやめようと思ったところ、こうなったのである。
ちなみにこの男はFラン大学の文系学部の出身だったと思うから、 当然の帰結といえる。 ある基準以下の人間というのは議論というものがそもそも出来ないから諦めるしかない。
まとめ
この記事では、頭のおかしい人間の一例をとって ケーススタディをした。 こういう人間は出来るだけ早い段階で遠ざけるに限るため、 その鼻が効くように、情報を整理している。
平塚氏のチャンネルはまさに学びの宝庫である。