オススメ度: ★★★☆☆
タイトルについて
英語タイトルは「Ordeal by Innocence」なので、 無実はさいなむという日本語タイトルとは少し印象が違う。 どちらかというと「無実によってもたらされた苦しみ」という意味合いであり、 こちらの方が物語の内容にはよりフィットする。 しかし、「無実はさいなむ」という短いタイトル(ちょうど英語タイトルと 同じくらいの時間で発声される長さだ)もミステリアスでなかなかよいとは思う。
物語
資産家レイチェルアージルは6ヶ月前に殺害された。 当時の状況証拠からその養子であるジャッコが犯人とされ、ジャッコは無罪を主張したが投獄され、 やがて肺炎で死んだ。
一家はこの結末に安心した。 家主のリオアージルとレイチェルの間には子供が出来なかった。 彼らはその寂しさを埋めるために戦時中の養護施設をはじめ、そのうち何人かを養子として引き取った。 ジャッコはその中でもっとも犯罪気質の高い子供だった。 盗みや恫喝は日常茶飯事であった。
レイチェルが殺された当日、ジャッコは金がなくなったとしてレイチェルにたかりにきた。 レイチェルは拒否したが、その後、火かき棒で頭を殴られて死亡された姿で発見された。 こういった一連の会話が聞かれていたことと、 ジャッコの財布からレイチェルが持っていたはずのナンバーの紙幣札が見つかったことから、 ジャッコが犯人とされたのだ。 お小遣いをくれない養母を殴って殺したというわけである。
やっかいもののジャッコを処分出来たことで、 一家は安穏の日々を過ごしていた。
物語はある日、地学者のアーサーキャルガリがやってくるところから始まる。 キャルガリは道中、もしこのことを伝えたら家族の人は喜ぶだろうと考えていた。 同時に、長い間このことを伝えられなかったことを悔やんでもいた。
キャルガリは、家族の目の前でとんでもないことを言い出す。
「ジャッコは無罪だったのです!!!(どやぁ)」
ジャッコにはアリバイがあったのだ。 ジャッコは無罪を主張する中で、レイチェルが殺された時間帯には ある人の車に同乗させてもらっていたというのだ。 しかしこの車が見つからなかったことから、証拠なしとしてジャッコは投獄された。 しかし、その幻の車は存在したのだ。
それはまさに、キャルガリの車だったのである。
キャルガリはジャッコを降ろしたあと事故に遭い、一時的に記憶を失った。 ある日、彼が南極探検から帰ってきた日に古新聞を読んでいると、 ジャッコの記事を発見し、ふと当日のことを思い出したのだ。
キャルガリはこのことをアージル家に伝えたらさぞ喜んでもらえるだろうと思っていた。 自分の家族の中に殺人者がいたことが否定されたことは喜ばしいことだろうと考えていたのだ。
しかし、その反応はまるで逆だった。 それもそのはずで、 外部犯が考えられない状況下において ジャッコが犯人でなかったということは、 今いる家族の中に犯人がいるということになってしまうからだ。 キャルガリが訪れたあと、アージル家はお互いに疑心暗鬼になってしまう。
責任を感じたキャルガリはこの問題を解決するのは自分の仕事だとして、 真相の解明に乗り出すのであった。
感想
推理小説としては良い出来のものではなかった。 どちらかというと、ただの小説に近い。 今まで読んだ中では「春にして君を離れ」に近いと思う。人間小説だ。 推理の形としては「五匹の子豚」に近いとはいえるが、 あそこまでの感動はなかった。 トリック自体はその劣化版のようなものである。 トータルでいうと悪くはなかったが、 名作というほどでもないと思った。
登場人物たちには各々の物語がある。 レイチェルアージルは 子供を作ることが出来ないと知った時に絶望した。 それで、養子をとることに決めた。 レイチェルは養子の彼らをまるで自分の子供のように愛し、 買い与えられるものは何でも買い与えたが、 それはまるで着せかえ人形で遊ぶ少女のようであった。
そのことにジオアージルは気づいていたが、 弱気な彼はレイチェルのやることに反対出来なかった。
養子の5人も、決して幸せというわけではなかった。 中にはもとのお母さん(子供より男遊びを優先するような最悪の女だった) のことを未だに愛してる子もいたし、 たくさんのお金を使ってくれた養母に対して感謝はあれども 愛情までは感じられずにいられないものもあった。 結果として中には、レイチェルのことを殺そうと思った人間がいたことが 物語の中で明かされていく。 その中の一人ヘスターは、動機があったことが明らかになると恋人からも信用してもらえなくなり、 真に愛されていたわけではないことを知り、別れを決意する。
登場人物の中には6ヶ月前の警察の取り調べに対して嘘をついていた人間がいたことも 途中で明らかになり、 読めば読むほど誰が犯人なのかわからなくなってくる。 一番濃いのはリオアージルと秘書のグェンダの共謀という線だが、 それではあまりに単純だ。 であるとすると、実は家族全員がグルで、やっかいものをジャッコを消すために共謀したのか? であればどこにレイチェルを殺す必要があったのか? どんどんわけがわからなくなった。所詮は人間小説なので、もはや犯人は誰でも良いような気がしてくる。
養子のうち一人メアリの夫フィリップも興味本位により独自に事件解明に乗り出すが、 やがて真相に近づいたところで犯人に殺害されてしまう。 それが残り50ページのことである。
しかし、ここらへんでおれには犯人の目星がついた。 思い返してみれば当初からのこの犯人は怪しい挙動をしていたのだが、 他の登場人物にも動機があったりしたためうまくカモフラージュされてしまった。 ここはさすがアガサ・クリスティといったところではある。
最後は恋人と別れたヘスターが、 自分のことを真に信じてくれたキャルガリにプロポーズするというわけのわからん展開だが、 これもポワロシリーズではよくあることなので「またか」という感想だった。 アガサ・クリスティは、殺人という悲劇を、新しく生まれた愛の美しさで打ち消せると思っているふしがある。 それで物語を完結させられると思っているのだろう。
一言でまとめると、家族の中に殺人犯がいるとわかり、 お互いが疑心暗鬼になった時人間はどうなるか。 そんなことを描いた人間小説としては、良く出来た作品だった。 アガサ・クリスティは推理小説がうまいというよりは、人間の心情を描くのがうまく、 結果として良い推理小説が書けてしまっているというタイプの小説家だ。 その力量が十分に発揮された作品といえる。