ギリシャ神話の中で私が一番好きな神は、ヘパイストスだ。なぜゼウスでもなくヘラクレスでもなくポセイドンでもなくヘパイストスなのか。ヘパイストスの魅力をみなさんに伝えたい。たぶんみんな、ヘパイストスが好きになる。
ヘパイストスはゼウスの正妻ヘラの子供である。より正確にはヘラの捨て子である。ヘパイストスはヘラから生まれたがゼウスとの間に生まれた子供ではない。ヘラが一人で産んだのである。
ヘラはゼウスの最初の妻ではない。ゼウスは初め、「知恵の女神」メティスと結婚した。そしてメティスは身ごもった。このメティスはゼウスによって食べられてしまう。ゼウスは、自分の子供によって王座を奪われることを恐れたのである。しかしメティスはゼウスの中で子供を出産し、「知恵と武勇の女神」アテナがゼウスの頭から生まれる。
この時、ゼウスはすでにヘラと結婚していた。ヘラは、「私という妻がいながら、私の子宮を使わずに子供を産むなど!」と嫉妬・憤慨し、「じゃあ私も自分で子供作るもんね」と言って作ったのがヘパイストスである。
神はふつう、五体満足美男美女である。しかしヘパイストスは違った。足は折れ曲がり、まともに歩けない。おまけに超ブサイク。ヘラは、ヘパイストスを天空から投げ捨てた。「自分が嫉妬の末に作った子供がこんなんだったし恥だしなかったことにしよう」と言って、投げ捨てた。
ヘパイストスは天空から地上に落ちたが死ななかった。オケアヌスという河に落ちたのである。そして、テティスとエウリュノメという美女に拾われる。ヘパイストスはそこで9年修行し、超一流の技術者となる。彼に作れないものは何もない。
ヘパイストスの復讐が始まった。ヘパイストスはヘラに黄金の椅子を献上する。しかしこの椅子には罠が仕掛けてあった。ヘラが椅子に座ると、罠が作動し、ヘラは椅子から立ち上がることが出来なくなった。他の神々がヘラを助けるためにあの手この手を尽くしたが、罠は解けない。最後の手段として神々は、ヘパイストスにオリュンポス神の称号を与える代わりに罠を解いてもらった。こうしてヘパイストスは「技術の神」となった。
技術の神となったヘパイストスは、美しさの女神アフロディーテと結婚する。人間の世でも、理系一筋のブサメンが、一流企業に入ってからモテ期が来て彼女が出来ることがあると思う。これと同じである。誰もが羨む美女アフロディーテを手に入れたヘパイストスは幸せだった。しかしこの絶頂は長く続かなかった。
軍神アレスはゼウスとヘラの子供である。筋骨隆々の美男である。セックス好きのアフロディーテはこのアレスの肉体に憧れ、おもいっきり不倫をしてしまう。これに怒ったヘパイストスは、アレスとアフロディーテが事を為すベッドに罠を仕掛ける。罠が作動するとアレスとアフロディーテはもちろん裸のまま、あらぬ体勢のまま動けなくなる。ヘパイストスは他の神を呼び寄せてこの二人を笑いものにしようとしたのだが、神々は正直だった。「アレス羨ましい。アフロディーテを抱けるならおれもこんな辱められて全然良いわ」。ヘパイストスはうきーっとなった。
人間の世界にもこんな話があるようである。今まで女性経験のない理系男子が大企業に入った。彼は将来の安泰目当ての女性に捕まり、子供を作り、結婚する。彼はとても幸せだったが、それは、その女性が隠れて不倫をしていることに気づかなかったからだ。彼は朝から晩まで技術者として働いているため、妻の不倫に気づくこともない。そもそも疑うことすらしない。こうして、偽の幸せの代償として家族を養い続け、やがて過労死で死ぬ。私がヘパイストスが好きなのは、感情移入しやすいからだろう。
ヘパイストスはこの後、ゼウスが立てた人類苦しめ一大計画のプロジェクト員として登場することとなる。その計画は、人間に対して最初の女性、泥棒と嘘を内包したパンドラをプレゼントして破滅をもたらすことである。ヘパイストスが作った人間の土台の上に、セックスの女神アフロディーテが男を骨抜きにするお色気成分を、嘘の神エルメスが嘘の成分をふりかけることによってパンドラは登場する。そしてそのパンドラが起こした失敗が、つらみに溢れた我々の世界に繋がる。
ヘパイストスの物語は我々に重要な教訓を授けてくれる。「ブサメンはどうやっても幸せにはなれない。幸せになるのは筋骨隆々の美男子である」。だとしたら、この世は辛すぎるとは思いませんか。