エンプティノーズ症候群

知的障害病 では、おれが OSRPという手法により 鼻中隔湾曲症の再手術を行ったことを話した。 おれはこれで鼻閉が完治すると思っていたのだが、 残念ながら事はそううまくは行かなかった。

もう、死にたい。

窒息

手術から1ヶ月ほど過ぎてから鼻の調子が悪くなってきたという自覚はあった。 ただ、以前に比べると改善はしているし、気にすることはないだろうと思っていた。 鼻の傷はまだ完治はしていないし、それによる一時的な悪化だろうくらいに思っていた。

しかし7月のある日、おれは午前3時に突然目が覚め、息を吸うことが出来ないことに気づき、 パニックになって泣き叫んだ。 一旦呼吸が落ち着いたあと、 不健康に産みやがったことなど一通りの呪詛を母親にぶつけ、 おれはそのまま一睡も出来ぬまま朝を迎えた。

おれが、過去の手術によって医原性のエンプティノーズになってる可能性があることは わかっていたため、その症状には理解があった。 そのため、これがエンプティノーズであろうことはすぐに理解した。

現在おれは、 ベッド横に加湿器を置き、 鼻先から2/3ほどの鼻の穴をマイクロポアという医療用テープで塞ぎ空気の流入を制限することで なんとか睡眠中の窒息を免れている。 窒息すると言ってるのに鼻を塞ぐというのは 何を言ってるかわからないだろうが、この先を読めば理解出来る。

エンプティノーズ症候群(ENS)

アレルギー性鼻炎の外科的治療は大きく2つの側面から行われる。 1つは、鼻の仕切りである鼻中隔湾曲をまっすぐにする手術。 もう1つは、鼻腔にある下鼻甲介(Inferior Turbinate)という組織を切除する手術である。

おれが春に行った手術は前者の再手術ということになる。 鼻中隔軟骨は、外鼻から鼻腔にかけて広い範囲で存在する骨であるが 以前の耳鼻科的手術では、外鼻の部分については大きく修正することはしなかった。

それがここ10年ほどで、外鼻の曲がりについても鼻弁狭窄という症状によって 鼻閉につながるということがわかってきたため、これも修正するようになってきている。 おれも再手術によって、鼻弁狭窄自体は改善した。 従って、鼻中隔にはもう問題は残っていないものと思われる。

問題は後者だ。 下鼻甲介というのは鼻腔の中にある大きな組織であり、 アレルギー性鼻炎の人の場合、これが大きく膨張し、 鼻腔を閉塞させることがある。 その場合、この組織を減量することが行われる。

おれが下鼻甲介の切除を受けたのは20年以上前のことになるが、 この当時は、下鼻甲介を骨ごと切除するという手術が行われていた。 しかし、これが現在では、間違いだったということがわかっている。

正確にいうと、この時期でも最先端の論文を追っていれば、 下鼻甲介の全切除が医原性のENSを引き起こすことは理解出来たと思うのだが、 残念ながらおれの執刀医はそこまで先端的な医師ではなかった。 ソフトウェアエンジニアでも、論文を読んだり最新の技術を追う人間はごく少数であるから、 医師についてもほとんどの場合は、そんなもんなんだろうという諦めがある。 大体の医師は、竹田くんとそう変わらない。

鼻腔を閉塞させていたものを切除すれば鼻通りが良くなるに決まってるだろうと 頭の悪い人は考えるだろう。 しかし実際には、以下に挙げるようないくつかの要因によって鼻閉感がより強くなることがある。 これを、エンプティノーズ症候群(ENS)を呼ぶ。

  1. 鼻腔内の抵抗がなくなることによって、息を吸ってる感覚がなくなる
  2. 気流を整える機能が失われることによって、鼻腔内の気流が乱れる
  3. 下鼻甲介によってもともと得られていた生理的な機能が失われることによって、鼻腔が乾燥する(ドライノーズという)

そのため、現在では下鼻甲介の減量においては骨の切除は行わず、 粘膜下組織の減量のみをマイクロデブリッターという器具を使って行うことが主流になっている。

精神を蝕む

ここまで読んで、頭の悪い人はこれがたかだか鼻詰まりであり、 花粉症などと同じようなものと思っていることだろう。 しかし、全くそうではない。

おれは20年前の手術以降、IQが50下がり、学業で失敗した。 その原因は、おれの頭の中に住み着いた虫のせいだ。

あの手術以降、おれは思考を深めようとすると頭の中の虫が暴れ出し、 発狂しそうになるため、 思考を深めることが不可能になった。 もともと6速あった思考は、1速しか出せなくなった。 おれがそれでもまともなのは、1速で走っても他の人間が本気で走ってるより速いからでしかない。

ENSが特に問題視されているのはそれがただの鼻閉ではなく、 精神病、ひいては自殺を引き起こすことがあるからだ。 あるENS患者は、ENSになるのと足が切断されるのを選べと言われたら 足を切断することを選ぶと言う。

Suicidal thoughts are frequently identified in patients with ENS. ENS patients with suicidal thoughts experienced significantly more severe symptoms, impaired quality of life, and psychological burden than those without suicidal thoughts. Recognizing individuals who may carry suicidal thoughts and provide appropriate psychological interventions is critical to prevent tragedy. - Suicidal thoughts in patients with empty nose syndrome

なぜこんなことが起こるかというと、ENSの仕組みはまだ研究段階であるため はっきりとしたことはわかっていないが、 上の論文では、鼻腔の抵抗がないことが自死念慮を引き起こす原因の1つであるとしている。

これはおれの実感とも一致する。 鼻腔の抵抗がないことによって、息を吸ってる感覚がなくなる。 すると、息苦しさを解消するためによりたくさん息を吸おうとする。 常に深呼吸をし続けているような状況であり、これが精神をおかしくする。 もう1つ、これはおれの感覚になるが、 鼻腔内での気流の乱れが脳をくすぐってるような感覚があり、 これによって発狂しそうになる。

当然、このような状況では思考のギアを上げることは不可能だし、 プレッシャーのかかる試験などでは 完全に過呼吸になるから、 実力を出すことも不可能になる。 こういった実社会での失敗によっても、精神をより蝕むことだろう。

ENSの患者が、その原因を作った手術をした医者を殺害したこともあった。 おれも、もし京都大学にすら行けていなかったら、こうしていたかも知れない。

強烈な不利を負いながらこの20年間、戦ってきた。 強烈な努力によって、なんとかして生き延びてきた。 おれが、こういった不利がないにも関わらず親ガチャだ環境ガチャだと言うやつらを 甘えと断罪するのはこういった経験があるからだ。 ENSでもないのに旧帝大にすら行けないやつは、ただの努力不足だ。 重度鼻中隔湾曲症+ENSでも京都大学には行ける。

治療法

ENSに治療はあるのか? 今現在、一般的に行われている治療法は存在しない。 しかし、研究は進んでいる。

まず、ENSの原因自体をコンピュータによる流体計算(CFD)を使って 解明しようという試みがある。 計算機とシミュレーション手法の発展によって、こういうことが可能になった。

もともと、ENSを診断する一つの方法として「コットンテスト」という、 湿った綿を鼻腔内の欠損部分に置くことによって症状の変化があるかどうかを見ることが経験的に行われていた。

そのため、その場所になにかを移植して盛れば、どうやら症状が良くなるっぽいことまではわかっていたので、 現在ではこの部分に対してなにかを移植する手術が、研究レベルでは行われている。 この手術をIMAP(Inferior Meatus Augumentation Procedure)という。

その移植物は、シリコンなどの人工物を使う場合もあるが、拒否反応が出ることがあるため、 自家移植が試されている。 その場合、肋軟骨、耳介軟骨、真皮脂肪などが使われる。 それぞれに、メリットとデメリットがあり、何が最善なのかはまだわかっていない。

効果について、研究論文に書いてあることをそのまま信じることは常に危険であるが、 いくつかの論文を読むと、(ほぼ当たり前だが) 少なくとも鼻腔内の抵抗を増やすことに対しては効果があるようだ。 このため、自死念慮を引き起こすような精神病には一定の効果がある可能性が高い。 一方で、生理機能を回復させることには効果がないとする論文もある。 そのため究極的には幹細胞を使った再生医療を行うことが検討されるが、 法的な問題などでまだ実現には至っていない。

以上より現状では、IMAPしか選択肢はない。

おれはENSを治したい。 ENSを治して、日常の辛さを克服することももちろんだが、 また6速で走りたいという思いがある。

だが、心がもう限界に近いことも事実だ。 間違いなくこれが最後の戦いになる。

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