私の行っていた塾は、受験が近くなると面接練習がはじまった。本番と同様に、ドアをノックするところから始まり、椅子への座り方、受け答えまで徹底的に指導される。こういうお行儀の良さテストは幼稚園や小学校のいわゆるお受験だけと思われるかも知れないが、中学受験でも存在する。でも、その学校に合うかとか、親がまともな人間に見えるかとか、そういうのを評価すること自体は理解出来る。頭の良さを主軸で選抜する学校であっても、親が微妙な人間だったりすると学校生活に馴染めないかも知れないし、本人にとっても辛い6年間になってしまう可能性もある。
私が受験する予定だった学校のうち、面接があるのは栄光中学だけだった。関西に住む人は知らないかも知れないから紹介しておくと、栄光中学というのはノーベル物理学賞を受賞した小柴氏や、最近ではブラックホールの撮影に成功した本間氏なども栄光の出身だ。理系に強いイメージがある。ただ、部活が週1か2しか出来ない点、わけのわからない体操があったり、文化祭も湿気てることから、よくは思っていなかった。ふつうに勉強するのであれば、一番良い選択肢だったとは思う。
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しかし、その前年の栄光中学は、面接の比重がかなり高いと言われていた。試験の結果が良くても面接が駄目だと落ちる可能性があるという話だった。他には、縁故合格もあったなどという噂もあったがこれはどうしようもないことだ。私は栄光中学の入試は抜群に相性が良く、試験では落ちる気がしなかった。塾の過去問試験でも塾内で一番をとったこともあり、麻布は確率半々だと思っていたが、栄光は8割か9割受かるという感覚だった。試験だけで評価されるならばの話だが。
面接練習は一人ひとり別館に呼び出されて、呼び出された時は「いよいよ来たか」という感じでみんな別館に向かっていった。みんな、大体は良いとこのお坊ちゃまお嬢様だから、ノックの仕方、声の抑揚、椅子の座り方は当然として、模範解答的な受け答えも簡単に出来ていたのだと思う。
しかし、私は見事にハメられた。
「お前はもう一回やり直しだな」
自分の知る限りでは、他に面接練習を複数回やっている子はいなかった。山猿か何かだと思われるのではないかと思うととても恥ずかしくて、とても面接練習をやり直しとは言えなかった。今考えると、私を確実に合格させるために受験間近の大事な時間を割いてくれていたということだと思うが、当時は嫌がらせをされていると思っていた。
しかも最悪なことに、二回目でもだめ、三回目でもだめ、「〜先生どこ行ったんだろう」と他の子が話している中、毎回こっそりと塾を抜け出して、誰にも見つからないように気をつけながら別館に向かった。しかし結局、五回目までやって、「お前は面接は駄目かもしれない。とにかく試験をがんばれ」という落第印とともに面接練習は打ち切られた。当時は、自分としては真剣にやってるつもりなのだがダメと言われる始末で、自分の何が悪いのかも全然わからなかったのだが、とにかくダメだったようだ。きっと根本的な育ちの問題だろう。あるいは本気でトンチンカンなことを言ってたのかも知れない。私にはそういう真剣な場なのに大喜利をしてしまう悪癖がある。その後は、母親と、面接での想定質問に対して、こう答えるというロボット練習をこなした。
ところで、面接でよく聞かれる質問のうち本気で困っていたことは、「父親と母親のどちらを尊敬していますか」という質問だった。この模範解答は、父親である。というか、「あった」という方が正しい。現在ではどっちでも良いかも知れないが、当時は父親と答えなさいと教わった。理由は、「父親を尊敬してますと答えられない家庭は何かがおかしいと思われるから」である。しかしこれが本当に理解出来なかった。当時、尊敬しているのは明らかに母親だったのだ。正直に話すことは許されず、ただ意味のない会話を強要されるということがかなりストレスだった。
2月2日の本番では、試験はいつもどおりよく出来た。というか過去最高の会心の出来であり、正直にいうとトップ合格に近かったのではないかと思っている。
そして問題の面接はというと、これも案外和やかに出来た。椅子に座るタイミングか方向のどちらかを間違えてしまったような気はするが、父親と母親のどちらを尊敬してるかという質問もロボットになりきることが出来た。特に覚えているのは、学校に入ったら何をがんばりたいですか?という質問で、ふつうは勉強をがんばりたいですとかそういう回答をするのだろうが、私は、陸上をがんばってオリンピックに出たいと答えた。ユニークな子だとは思ってもらえたと思う。もちろん、合格だった。