おれはSNSとかYoutubeでよくブロックしますが、 ブロックされた人から「あいつは低学歴を差別している」などと 根拠のない非難をされることがあって、あまりに頭が悪く、あまりに見当違いなので、ここ理由を書いておきます。
まずおれは、低学歴を差別することはありません。 一般に学歴というと出身大学のことをいいますが、 これが東大や京大でないからといって虫けら扱いするということはありません。 それどころか、高卒だろうとそれ自体は何の問題もありません。 逆に、高学歴でも不要な人間と思えば関係なくブロックしています。
理由は、学歴自体が人間の能力を表すとは思っていないからです。 例えば、母校の麻布高校は、難関な試験を突破しないと入学することは叶いませんし、 実際に入学する子はほとんどが本質的に相当優秀であると思いますが、 そこまで難関でない大学に進学する人もいますし、そもそも大学に行かない人もいます。 このことからも、どの大学の出身かということと、本人の知能とはあまり関係がないと思っています。 東大卒でも大したことない人間は山ほどいます。 ちんちんがでかい方がはるかに価値のあることだと思う。
では何を基準にしてブロックするかというと、 関わっても おれの利益にならないどころか害になる可能性が高い場合にブロックします。
これがどのような条件かというと、
- 知性がない
- 教養がない
- 向上心がない
- 負け犬根性である
- 精神的に病んでいる
- 育ちが悪い
と言ったところです。 このような条件を持っている場合、必然的に 低学歴・低収入、果ては無敵の人になる可能性が高いですから、 結果として、そういう人間がおれに拒絶されているように見えるというだけの話です。
そもそもですが、人が関わることはリスクとリターンの問題です。 ここでとても大切なことは、「相手の人間は、自分を陥れるために人生を捨てないか。それだけ人生に価値を感じているか」 を調査することです。 無敵の人というのはこの極端な場合で、自分の人生が無価値だと感じている人は、 他人を陥れるために何でもします。なぜならば、それ以上悪くなることがないですし、 他人を殺害したり、ハメたりすることで相対的に得をするからです。 逆に、ある程度持っている(とりわけ、自身の努力の結果勝ち得たと思っている)人間というのは、必然的に防御的に人間関係を構築せざるを得なくなります。
従って、まず大前提として、自分と相対した時に相手が人生を捨てないかが重要な判断基準となります。 当然、その先のコミュニケーションでも、信頼出来ない人間とは大事な情報を共有しないなどの制限が必要になります。 そして究極的な信頼関係とは、相手が裏切った場合に相手を即殺すことが出来るという関係のことです。 例えば、人質をとっているとか、相手の弱味を握っているとか、そういった場合にはその相手はかなり信頼出来ます。 これは一般的な信頼関係の概念とは異なるものでしょうが、 だからあなた方は他人にすぐ裏切られるのです。 世界は、核があるから平和なのです。
一般的に高学歴の人は、それだけ今まで努力してきたでしょうし、人生をそう簡単には捨てません。 だから、信用出来ることが多いです。 幸せな家庭を持っている人、収入が多い人も同様です。 中学受験の勝ち組(二月の勝者)はかなり信頼出来ます。 それだけ努力したという履歴がある上に、ある程度まともな家庭の出身だということが保証されるからです。 少し意外なところでは、何か趣味に没頭してる人も信用出来ます。そういう人は他人に興味がないというのと、 その趣味を捨てたくないからです。 おれは他人に興味がないので、よく「もっと他人に興味をもった方がよい」などと言われたものですが、 他人に興味を持つということはとても危険なことだとわかっていないのでしょう。 他人への興味は嫉妬に繋がり、嫉妬はダークサイドに繋がっています。
この理屈でいうと、 おれはとても信用に足る人間です。 実際、おれ自身もおれのことを信頼しています。 「おれは信用出来る人間だ」という人は信用してはならないという教えがありますが、 どうぞ全力で信用してくれて結構です。
これがおれの人間関係に対する見方ですから、 おれにブロックされた方は、おれから人間に生ゴミと見られていると思って差し支えないです。 おれは、自分の世界にとって不要な人間を自分の世界から取り除いてるだけなのです。
おれは人権という概念は日本のような先進国においては少し過剰な概念だと思っています。 それは主張されすぎていて、時に乱用されています。 むしろ先進国においては、生きる価値を示すために人間は努力を続けるべきだ、さもなくば死ぬべきだという考えを持った方がうまく行くのではないでしょうか? おれがこの国の独裁者になっていいならば、コロナウイルスを一瞬で収束させることが出来ます。
そのルールをもった理想の国が、おれの世界です。 五体満足に生まれたにも関わらず、自分を高めようとする気のない人間は、 そう生まれなかった人間、あるいはそう生まれたのに志半ばに死んでしまった人間(例:エヴァリスト・ガロア)に対して恥ずかしくないのだろうか? そう思うので、こいつは死んだ方がいいと思って、拒絶するわけです。