私の中学受験は終わった。しかし仕事がやらなければいけないことがある。さぁ、同級生たちに自慢しにいこう。
小学校に向かう道の途中、私の頭の中には、ドラクエで勇者が魔王を倒したあとエンディングに流れるような行進曲が流れていた。
語り継がれる名作「ダイの大冒険」のうち、私がもっとも好きなストーリーは、ダイの父親のバランが、世界を救うため、誰にも知られずに冥竜王ヴェルザーと戦っていたというストーリーである。その後、バランは、自分が命を賭けて守った人間たちが守る価値のないクズどもだったと知り絶望し、魔王軍に加担することに決めるのである。
私は、そういうストーリーが好きだ。私は、中学受験という裏の世界で、麻布学園という冥界の王と戦っていた。そして、世界を救った勇者として帰還したのだ。
さて、私には、どうすればもっとも自慢出来るかについてちょっとしたアイデアがあった。
久しぶりに学校に来た私に対して、野次馬根性の同級生たちが群がってきた。「どうだった!?どうだった!?」
彼らは大人になっても、芸能人が誰それと付き合ってるとかそんなどうでもいいことばかりを気にして生きていく側の人間だ。みじめだ。
貴様らにそれを知る権利はない。しかし自慢される義務はある。私は内心そう思った。そしてうつむきながら彼らの期待に応えるようにこう言った。迫真の演技だった。
「落ちた・・・。全部落ちた・・・。あんなにがんばったのにダメだった・・・」
ちらっと目を上げて見た、彼らの嬉々とした表情は永久に忘れることはない。人間というのはそういうものだとその時知った。学ばせてもらった。人間にとって、他人の不幸が何よりも自分の幸せである。同情したようなことを言いながら、顔は笑っていた。
目的の「それ」をしっかり確認した私は、
「うっそぴょーん!おれが落ちるわけねーだろバーカ」
と言い放った。(うっそぴょーんというのは当時流行っていたギャグだが、今こうやって書くと寒すぎる)
言葉では、「なんだおめでとう。やっぱ天才だな」と言っていたが、冷めたのか、みんな去っていった。
その日、他の中学受験組の戦績を知った。一緒に麻布を受けたやつは同じく三冠したのだが、それ以外は、全員微妙だった。日能研のやつらは、入塾試験ではA組に受かってたはずだが、最終的には私のはるか後方に置き去りにされていた。正直にいうと同じテストを受けることがなかったのでそこまで差がついていることを知らなかったのだ。優越感はなく、むしろ少しがっかりした。ライバルだと思ってたのに裏切られた気分だった。
しばらくして、小学校最後のバレンタインがやってきた。私は中学受験でも抜群の成績を残し、当然評価されるべきだと思っていた。しかし現実はそううまくいくものでもないのだ。こう言えば、まともな人間ならば、チョコレートをいくつもらったかを言い当てることが出来るのだが敢えていおう。ゼロだ。永遠のゼロ。
小学校を卒業してから、彼らとは一度も会っていない。同窓会にも呼ばれていない。しかしそれでもいい。あの表情を、人間の本質を教えてくれたあの表情を、私は一生涯忘れることはないだろう。むしろ、感謝しているんだ。ありがとう。
(完)