女流棋士の上野愛咲美三段(17歳)が、竜星戦という一般棋戦(性別関係なく参加する棋戦のこと)で決勝までたどり着いた。惜しくも決勝では早碁なら日本一強いとも言われている一力八段に負けてしまったが、内容は悪くなかった。それどころか、優勝にたどり着くまでに破った相手がすごすぎる。1回戦で高尾紳路九段(本因坊2期、名人3期の一流棋士)、2回戦で村川十段(現七大タイトル保持者)、準決勝では許家元八段(七大タイトルの最年少取得者、早碁でも強い)に勝ってしまった。そして決勝でもあと一歩という内容だった。
最近、若手や女流棋士の躍進が目覚ましい。10年前くらいまでは、女流棋士が男性棋士に勝つこと自体がほとんどないことで、早碁のNHK戦などに女流枠という特別枠で「華要員」として動員されて、一回戦で負けるのが毎度毎度の光景だった。逆に対戦相手の男性棋士は「相手が女性なので負けることが出来ないため緊張しています」と平気でコメントしていたものだ。今だと、女性差別とされるかも知れない微妙な発言だが、実際にそのくらい実力に差があった。大抵の対局は中盤までで形勢が確定的になり、終局まで行かず中押し勝ちということがほとんどだった。
謝依旻(シェイイミン)のwikiから抜粋すると、
第57回NHK杯テレビ囲碁トーナメントでは、山田規喜・溝上知親に勝ち、優勝する結城聡に敗れるも自身最高の、3回戦(ベスト16)に進出した。また4年連続となる棋道賞女流賞を受賞した。
と、高段の男性棋士に勝つということは、特筆するレベルのことであった。
しかし最近では、謝依旻を皮切りに、藤沢秀行の孫である藤沢里菜、上野愛咲美と、強い女流が出始めてきた。
この背景にはAIがある。2016年にアルファ碁が世界トップレベルの棋士であるイ・セドルに完勝し、今に至ってはどのプロも一切歯が立たないレベルに昇華した。これらのソフトウェアは無料で配布され、アマでもAIを使って碁を研究したりすることが出来るようになった。まさに今開催されている名人戦は、AIによる形勢判断が表示されて配信されているし、チャット欄では観戦者たちが各々自分のAIソフトの推奨する手などを言い合って、「次はここじゃないか」などと議論している。超優秀な先生がいるという点においては、もはや、プロもアマも差がなくなったといえる。これが、今後プロとアマの差が縮まっていくと言われている理由である。
これは、プロの中でもいえる。プロは従来より勉強会というのを開き、その中で意見交換をして、知識を共有してきたが、女流や極端に若い棋士はこれに参加出来ていなかったのではないだろうか。それが、囲碁AIが手軽に手に入るようになり、勉強の手段が平等になり、差が詰まってきたと考えられる。
というのも、上野愛咲美三段は囲碁AI活用組の筆頭なのだ。
囲碁AIブームに乗って、若手棋士の間で「AWS」が大流行 その理由とは? (3/4) - ITmedia エンタープライズ
から抜粋すると、
女流棋聖の上野愛咲美さん(現在17歳)が作ったAWSの使い方マニュアルの一部。こうした資料も研究会のメンバーに共有されている
と、彼女はAWSのGPUインスタンスを設定し、そこに囲碁AIをインストールし、活用するためのマニュアルを作るほど、囲碁AI活用に精通していることがわかる。
昨今の若手や女流の活躍、上野愛咲美さんの、過去では信じられなかったレベルの躍進の理由が、囲碁AIの登場にあるのは疑う余地がない。
さて、私は、あらゆる革新は先端で起こったものが波及していくと信じている。あるいは私でなくともそう考えると思う。例えば、車の技術はレーシングカーの分野で研究開発されて、それが一般車に広まっていくケースがある。同様に、社会的な問題についても、ここでは女性格差や、生まれた国による格差を取り上げるが、先端から波及していく。例えば、そこらにある一般的な企業よりはGAFAのようなトップ企業の方が女性が活躍する基盤が整ってるだろうし、そういう文化は少しずつそこより下のレベルにある企業にも波及していく。では、今、囲碁という先端の世界において年齢や性別による不利が是正されていっているのであれば、きっと一般社会においてもAIを活用することで、こういった問題が解決されていくというのが今回の記事で言いたいことなのであった。